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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)378号 判決

原告

桃陽電線株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官 【C】

指定代理人

【D】

【E】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成4年審判第23138号事件について、平成10年10月29日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成2年12月19日、意匠に係る物品を「空調配管用曲りダクト」(以下「本件物品」という。)とし、その形態を別添審決書写し別紙第一(以下「別紙第一」という。)記載のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について、意匠登録出願をした(意願平2-42478号)が、平成4年11月20日に拒絶査定を受けたので、同年12月8日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成4年審判第23138号事件として審理したうえ、平成10年10月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月19日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願意匠が、その出願前である昭和58年4月25日発行の意匠登録第599683号公報に所載され、意匠に係る物品を本件物品とし、形態を同写し別紙第二記載のとおりとする意匠(以下「引用意匠」という。)と、意匠に係る物品が一致し、形態についても類似するものと認められるから、意匠法3条1項3号に該当し、同条同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由のうち、本願意匠と引用意匠の意匠に係る物品が一致すること、本願意匠と引用意匠との差異点の認定は、いずれも認める。

審決は、本願意匠と引用意匠との共通点を誤認する(取消事由1)とともに、両意匠の差異点を看過し(取消事由2)、その結果、両意匠の類否判断を誤った(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(共通点の誤認)

1 審決は、本願意匠と引用意匠との基本的構成態様における共通点として、「薄肉厚の蛇腹状の丸味のある管の両端部に、蛇腹を設けず蛇腹状管部より一回り径が小さく周囲3箇所に帯状の凹溝を平行に設けた短い接続管を一体に形成した」(審決書3頁6~9行)と認定するところ、これは、引用意匠に関する認定としては妥当であるが、本願意匠に関する認定としては誤りである。

すなわち、本願意匠は、別紙第一のA-A線断面図から明らかなように、底部の左右両側のみ丸味を持たせているだけで、他は直線面を連ねた形状となっており、各直線面の接合部には明瞭な稜線が表れ、断面扁平な多角柱体であるから、丸味のある管とはいえない。また、接続管部の凹溝は、底部のみ帯状であるが、左右両側の凹溝では、上下の開口部に大きな段差があるとともに、底面は垂直面と傾斜面が連接した形状となっており、帯状とはいえない。

したがって、本願意匠の基本的構成態様は、「蛇腹状の丸味のある管」ではなく、「接続管部の凹溝が帯状」でもない。

2  また、審決は、本願意匠と引用意匠との具体的態様における共通点として、「(a)左接続管部、対、蛇腹状管部、対、右接続管部の長さの比率を約1:5:1に形成した点。(b)接続管部の側面視(断面)形状において、管の左右側向かい合わせに各1本、底部側に1本の凹溝を設け、同凹溝以外の部分をそれぞれ外側に膨出した略弧状線で結んだ態様にして」(審決書3頁13~18行)と認定するところ、これも、引用意匠に関する認定としては妥当であるが、本願意匠に関する認定としては誤りである。

すなわち、本願意匠の左接続管部と蛇腹状管部と右接続管部の長さの比率は、「7:40:7」である。また、接続管部の断面形状において、凹溝より外側は、膨出しているのではなく、凹溝の上下両端部より内側に控えた形状であるとともに、底面の左右両端部は、弧状線であるが、他は直線面の連なりであり弧状線で結ばれているわけではない。さらに、左右上部の膨らみは、きついアールとなって表れ、下部は膨らみではなく、下方に向けて窄まる直線状の傾斜面となっており、引用意匠のような丸味のある膨らみとは対照的に異なっている。

2  取消事由2(差異点の看過)

本願意匠は、扁平な多角柱体に形成されているところから、その周面において直線面と直線面の接合部が稜線となって表れ、蛇腹状管部の周側面長手方向に8本の稜線が形成されており、この点で引用意匠と相違する。審決は、この差異点を看過したものである。そして、この断面台形の蛇腹頂面に不連続に形成された稜線は、微妙な陰影となって、看者の目に強く訴える要素となるのである。

3  取消事由3(類否判断の誤り)

1 審決は、本願意匠と引用意匠との類否判断において、両意匠に共通する支配的要素(要部)を、両意匠に共通する基本的構成態様及び具体的態様にあると認定している(審決書5頁1~7行)が、この基本的構成態様及び具体的態様についての認定が誤りであることは、前記のとおりである。

したがって、両意匠の共通点は、「蛇腹状管部の左右両端部に短い接続管部を一体に形成した」という概括的なものであり、これは、機能上必然的、かつ、周知な形態であるから、要部とはいえない。また、接続管部自体も、空調配管用曲りダクトに内挿されるものであって、その形状も、機能上必然的な形態であるから、要部とはいえない。

2 審決における、差異点〈3〉の評価(審決書6頁9~16行)は認めるが、差異点〈1〉及び〈2〉についての評価(同5頁13行~6頁8行)は誤りである。

本願意匠において、差異点〈1〉の蛇腹の断面形状としての凹凸の態様と、同〈2〉の蛇腹状管部の外周形状とは、いずれも蛇腹状管部の外周部に表れる一定のまとまりある部分として、一体化されたものであり、この2つを分断して創作性や類否を論ずることは適切ではない。

すなわち、本願意匠の特徴点は、前示のとおり、蛇腹の凹凸模様を断面台形状に連設した形状により、平坦な頂面と頂面の間にV字状の谷部が形成され、かつ、蛇腹状管部の外周面が、扁平な多角柱状に形成されるところであり、このため、蛇腹状管部の周側面長手方向に稜線が不連続に形成され、この不連続状の直線面からなる頂面が、周方向に鈍角に屈折して連設され、この面に光が当たって微妙な陰影を形成し、看者の目に強く訴える要素となっている。

これに対し、引用意匠は、管部の蛇腹の凹凸模様が山形で平坦な頂面を有さず、かつ、外周面が緩やかな曲線面に形成されており、全体観察上、看者に全く別異の印象を与える非類似の意匠となっている。

被告が示す各公報(実開昭60-79211号公報、実開昭63-10720号公報及び実開平1-101108号公報(乙第1~第3号証)、以下、総称して「本件周知公報」という。)の各図面に記載された意匠に係る物品は、本体と蓋体とからなる扁平な八角形状の蛇腹状の電線保護カバーであって、本件物品とは異なる上、蛇腹の凹凸模様も詳らかではないが、少なくとも本願意匠のような台形状ではない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

1 意匠の類否判断において、基本的構成態様は、意匠全体を大づかみにするのが目的であるところ、本願意匠も大づかみにすれば、「丸味のある管」と十分いえるものであり、本願意匠や引用意匠を「角張った管」とは到底いえない。また、創作思想的には、本願意匠も引用意匠と同様の、隅丸四角柱状のものをベースにして、その上半部を扁平多角柱状にやや改変したものともいい得るのである。

つぎに、審決は、基本的構成態様において、凹溝の断面形状の細部を認定したものではなく、凹溝の外観視において、「細幅で一定の長さ」の凹溝を認識できる点を、簡潔に「帯状」と認定したものである。

したがって、審決における基本的構成態様の認定(審決書3頁6~10行)に、誤りはない。

2  審決は、本願意匠の左接続管部と蛇腹管部と右接続管部の長さの比率を、「約」と断って「1:5:1」と認定したものであり、「7:40:7」と厳密に認定したとしても、この程度の誤差の類は類否判断の結論に影響しない。また、本願意匠と引用意匠の凹溝以外の部分は、各側面図から明らかなとおり、外側にやや膨らんでいるから、「略弧状線で結んだ態様」と認定したものである。

したがって、審決における両意匠の具体的態様に係る共通点の認定(審決書3頁13~19行)に、誤りはない。

2  取消事由2について

審決は、差異点〈2〉の認定において、「本願意匠は管の底側を除く部分を鈍角の角を持ったやや扁平な多角柱状に形成している」(審決書4頁7~9行)と認定しており、多角柱状とは、当然に直線面と直線面の接合部が稜線となって表れるものであり、多角とは、普通五角以上を指すのであるから、本願意匠の蛇腹状管部に複数の稜線が表れることについて、認定を遺漏するものではない。

3  取消事由3について

1 審決は、「蛇腹状管部の左右両端部に短い接続管部を一体に形成した」ような単純なものとして、両意匠の共通点を認定評価したものではない。また、接続管の形状についても、機能的形態ではあるが、実際に両意匠の相手の雌型管がそれぞれ異なるものであり、代替形態がいくらでも存在し得るのであるから、「機能上必然的な形態」とはいえない。

したがって、審決が、両意匠に共通する基本的構成態様を両意匠の要部と認定した(審決書5頁1~7行)ことに誤りはない。

2 両意匠の差異点〈1〉の構成は、蛇腹状管部における蛇腹先端の山側が台形状か逆V字状かの、細部の形状差に係るものにすぎないから、その意匠的効果は、差異点〈2〉に吸収される程度のものであり、したがって、差異点〈2〉の評価において、「普通に外観を見た場合には両意匠とも丸味のある蛇腹状管と認識される程度のものである」(審決書6頁3~5行)と判断したとおりである。

また、原告が主張する、「多角柱体を構成する直線面と直線面の接合部に形成される稜線が蛇腹の頂面の平坦面に数多く表われる蛇腹状管部の構成」は、本件周知公報(乙第1~3号証)の各図面に示されるとおり、この種物品に係る意匠において、本願意匠出願前より種々みられるものである。

したがって、差異点に係る審決の評価(審決書5頁9~6頁19行)に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(共通点の誤認)について

審決の理由中、本願意匠と引用意匠の意匠に係る物品が一致すること、審決の認定した基本的構成態様(審決書3頁6~10行)が引用意匠には妥当すること、本願意匠と引用意匠の差異点の認定は、いずれも当事者間に争いがない。

1 意匠の類否判断においては、まず、意匠の全体的観察を行い、基本的構成態様として、その形態上の骨格を概括的に把握すべきところ、別紙第一の各図、とりわけ、A-A線断面図、右側面図及び左側面図によれば、本願意匠の蛇腹状管部の外周断面において、当該管部の下半分は全く角がない、やや横長の丸味を帯びた形状であり、その上半分には、左右上端2箇所のみに緩やかな鈍角(約135°程度)が、その他6箇所に比較的水平に近い程度の鈍角(約155°~165°程度)が、それぞれ形成されているものと認められるが、これらの鈍角は当該図面を子細に観察してみて認識できる程度のわずかなものであり、当該管部の断面を全体的に観察すれば、概括的に把握すべき基本的構成態様が、「丸味のある管」であることが明らかであり、これを否定する原告の主張は、到底採用することができない。

また、上記各図によれば、蛇腹の設けられていない短い接続管部は、蛇腹状管部の長手方向左右両端の延長上に位置し、蛇腹状管部より一回り径が小さいものであるが、外周面の左右側面及び底面に3箇所の凹溝が形成されており、その凹溝は、いずれも長手方向に平行して開口部から蛇腹状管部まで細幅で一定の長さを有するものと認められるから、審決が、この基本的構成態様を簡潔に「帯状」と認定したことに誤りはなく、この点に反する原告の主張もまた採用することができない。

したがって、審決が、本願意匠と引用意匠との基本的構成態様における共通点として、「薄肉厚の蛇腹状の丸味のある管の両端部に、蛇腹を設けず蛇腹状管部より一回り径が小さく周囲3箇所に帯状の凹溝を平行に設けた短い接続管を一体に形成した」(審決書3頁6~9行)と認定したことに誤りはない。

2  また、審決は、本願意匠と引用意匠との具体的態様における共通点として、左接続管部と蛇腹管部と右接続管部の長さの比率を、「約1:5:1」と認定したところ、本願意匠について、正面図等に基づいてこれを更に精密に計測すれば、「7:40:7」(=「0.875:5:0.875」)になると認められるものの、この程度の計測上の誤差が、意匠の類否判断にほとんど影響を及ぼすものでないことは、経験則上明らかといわなければならないから、この点をもって両意匠が具体的態様において相違するという原告の主張は、失当というほかない。

また、各側面図によれば、接続管部の断面形状において、本願意匠の凹溝以外の部分は、凹溝に対して外側にやや膨らみ、緩やかな弧状線で連続しているものと認められるから、審決が、この具体的態様について「外側に膨出した略弧状線で結んだ態様」と認定したことに誤りはなく、より子細に観ると、底面の左右両端部は完全に弧状線であるが、その他は水平に近い鈍角の直線部分もあることについては、差異点〈2〉として、「本願意匠は管の底側を除く部分を鈍角の角を持ったやや扁平な多角柱状に形成している」(審決書4頁7~9行)と認定されているから、本願意匠が上記具体的態様を有しないとする原告の主張もまた、明らかに失当といわなければならない。

したがって、審決が、本願意匠と引用意匠との具体的態様における共通点を、「(a)左接続管部、対、蛇腹状管部、対、右接続管部の長さの比率を約1:5:1に形成した点。(b)接続管部の側面視(断面)形状において、管の左右側向かい合わせに各1本、底部側に1本の凹溝を設け、同凹溝以外の部分をそれぞれ外側に膨出した略弧状線で結んだ態様にして、断面形状を左右対称形に形成した点」(審決書3頁13~19行)と認定したことに誤りはない。

2  取消事由2(差異点の看過)について

原告は、本願意匠が、扁平な多角柱体に形成されているところから、その周面において直線面と直線面の接合部が稜線となって表れ、蛇腹状管部の周側面長手方向に8本の稜線が形成されており、この点で引用意匠と相違することを審決が看過した旨主張する。

しかし、審決は、前示のとおり、本願意匠と引用意匠との差異点〈2〉において、「本願意匠は管の底側を除く部分を鈍角の角を持ったやや扁平な多角柱状に形成している」と正当に認定しており、多角柱状である以上、直線面と直線面の接合部が稜線となり、これが複数表れることは明らかであるから、審決の認定に差異点の看過はないものといわなければならない。

3  取消事由3(類否判断の誤り)について

1 原告は、審決において、両意匠に共通する基本的構成態様及び具体的態様の認定には誤りであるから、これが、両意匠に共通する支配的要素(要部)であると認定した ことも誤りであり、したがって、両意匠の共通点は、「蛇腹状管部の左右両端部に短い接続管部を一体に形成した」であって、これは、機能上必然的、かつ、周知な形態であるから、要部とはいえないと主張する。

しかし、審決における、両意匠に共通する基本的構成態様及び具体的態様の認定に誤りがないことは、前示のとおりであり、原告の主張には、その前提において誤りがあるから、到底採用することができない。

2 審決における、差異点〈3〉の評価は、当事者間に争いがない。

原告は、本願意匠の特徴点が、蛇腹の凹凸模様を断面台形状に連設した形状により、平坦な頂面と頂面の間にV字状の谷部が形成され、かつ、蛇腹状管部の外周面が、扁平な多角柱状に形成されるところであり、このため、蛇腹状管部の周側面長手方向に稜線が不連続に形成され、この不連続状の直線面からなる頂面が、周方向に鈍角に屈折して連設され、この面に光が当たって微妙な陰影を形成し、看者の目に強く訴える要素となっているのに対し、引用意匠は、管部の蛇腹の凹凸模様が山形で平坦な頂面を有さず、かつ、外周面が緩やかな曲線面に形成されており、全体観察上、看者に全く別異の印象を与えると主張する。

しかし、両意匠の差異点〈1〉である、蛇腹状管部における蛇腹先端の凸部が台形状か山形かの差異は、両意匠全体からみれば極めて細部の構成の相違にすぎないから、その意匠的効果の差異も、極めて微弱なものといわなければならない。また、差異点〈2〉である、本願意匠が管の底側を除く部分を鈍角の角を持ったやや扁平な多角柱状に形成している点についても、前示のとおり、これらの鈍角は子細に観察してみて認識できる程度のわずかなものであり、当該管部の断面を全体的に観察すれば、「丸味のある管」であることが明らかであるから、外周面が緩やかな曲線面に形成される引用意匠との意匠上の差異は、微弱なものといえる。

しかも、本件周知公報(乙第1~3号証)の各図面によれば、本件物品と、管状の工作部材として共通する物品である「電線保護カバー」においては、従来から、「多角柱体を構成する直線面と直線面の接合部に形成される稜線が蛇腹の頂面の平坦面に数多く表われる蛇腹状管部の構成」が、本願意匠出願前より周知のものであったと認められるから、本願意匠においてその稜線を形成する角が前示のとおり極めて緩やかなことも考慮すれば、原告が主張する、「直線面からなる頂面が、周方向に鈍角に屈折して連設され、この面に光が当たって微妙な陰影を形成する」点についても、看者に格別強い印象を与えるものとは認められない。

したがって、原告の上記主張を採用する余地はなく、審決が、上記差異点に係る評価として、「以上の微弱な差異を総合しても、意匠全体における類否判断を左右するには至らない」(審決書6頁17~19行)と判断したことに誤りはない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 清水節 裁判官石原直樹は、海外出張中につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 田中康久)

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